ユリはてきぱきと洗濯の準備をする。友人の少女たちが家の洗濯を手伝うとき、父や兄の洗濯物を自分のそれとわけて洗濯する、という話を聞いたことがあるが、ユリはそういうことはしない。
 ……しない、というよりも、むしろする意思が無い、というのが正解であろう。逆に、なぜ分けねばならないのか、そちらの方が疑問である。
 ユリにとって唯一の男性の家族はリョウであり、彼に関するものを避けねばならない理由など、ユリには存在しなかった。
 ユリは、当然のように自分の下着やら服やらと、リョウの下着やら服やらを、洗剤と共に大きいとはいえない中古の洗濯機に放り込むと、スイッチを入れた。これだけは必要以上に大きな音を立てて、洗濯機は自分の仕事をアピールしはじめる。
 だが、そのとき既にユリの意識は別のものに移っていた。

 ユリには、いかなることにおいても、自分と兄とを分別する気など毛頭ない。だが、ここにたった一つだけ例外が存在する。
 ユリの足元に残された、一着の洗濯物。
 それが、ユリにとっての唯一の例外であり、彼女の早朝の至福を演出する材料だった。


Act.1-3 SECRET GARDEN
KEEF

 ユリが唯一、足元に残した洗濯物――。それは、リョウの空手胴着だった。兄が毎日、ストリートファイトの際に着用する、オレンジ色のものである。
 リョウは現在、二着の胴着を毎日、洗い替えながら使用している。一着は子供の頃、今は亡き母親に贈られた胴着を、今の体格に合わせて仕立て直したものであり、いま一着は、ユリがそれをモデルにして一から編み上げたものである。
 リョウはその二着の胴着を、汚すことはあっても決して破ることは無く、大切に使用していた。それは裏返せば、彼の闘いの実力を表している。
 だが、破れはしないものの、路上での戦闘で使用するものであるから、汚れはするし、なによりも汗を吸収する。毎日の洗濯は欠かせなかった。

 ユリは、まるで宝物を扱うように、その兄の汗を吸収した胴着を持ち上げると、まるで愛おしいわが子を抱きしめるように、その胴着を抱きしめる。
 心持ち顔を上気させて、胴着を抱きしめたまま、ユリは何秒か硬直する。まるで、兄本人への許されぬ愛の告白の代償行為であるかのように、ユリはその胴着を抱きしめた。熱い呼吸が、その口から僅かに漏れた。
 わずかに鼻から空気を吸い込む。汗の匂いがした。兄の身体から、ユリのために流れ出た汗の匂いだった。その事実が、ユリの思考の一部を麻痺させる。
 ユリは兄の全てを愛していたが、この汗の匂いには、一方ならぬ想いがあった。リョウのユリへの思いが凝縮された匂いであり、それを最もユリに自覚させてくれる香りだった。

 ユリは胴着を抱きしめたまま大きく息を吐き出すと、抱きしめた胴着に顔をうずめ、その汗の匂いを、大きく肺に吸い込んだ。一瞬、意識が漂白される。その意味を、ユリは自覚している。
 穿いているミニスカートに包まれた太ももを、一条の液体が伝い落ちた。下着の中の湿気が増していくことを、ユリは自覚している。
 その上でユリは、もう一度、その胴着に顔をうずめた。そして、大きく息を吸い込んだ。
 ユリの身体が、ビクビクと震える。上半身よりも、下半身が一気に熱くなる。脳と子宮で、熱いなにかが弾けた。
 ユリは太ももをこすり合わせるように、内股気味になりながらも何とか立っていたが、それもか弱い抵抗だった。力なく足を折り曲げ、胴着を抱きしめたまま、ユリは膝立ちになってしまった。

 半年前。ユリが始めて体験し、覚えた自慰行為オナニーだった。兄の体液の香りを体内に取り込んで、ユリは絶頂を迎えていた。
 半年前には、その身体の反応の意味がわからなくて、軽く狼狽した。だが、今はその意味をよく知っている。なぜそうなるか、ということも。

 ユリは、力の入らぬ身体を動かして、洗濯機の前で衣服を脱いだ。リョウが帰ってくる心配はないし、毎日している行動だから、大胆だった。
 シャツを脱ぎ、シンプルなデザインの白のブラジャーをはずす。ミニスカートを下ろし、白のパンティーを脱いだ。幾分かの湿りを含んだそれを、ユリは回転している洗濯機に放り込んだ。

 現れたのは、ユリの、若く未熟な裸体だった。決して肉感的ではない。年齢的なものもあり、発達しきってはいないが、美しい清純さと純白に満ちている。若々しい性が発露し始めたばかりの、だが軽い快楽をすでに知っている、微妙なアンバランスがもたらす美しさだった。

 誰も見ていない、独りだけの空間で惜しげもなく全裸となったユリは、絶頂直後の身体を座らせる。
 そして、兄の匂いに満ちた胴着を、昨日兄がそうしたであろうごとく、ユリは全裸の上から羽織った。
 兄の体温が自分に乗りうつったかのような熱い錯覚を、ユリは感じた。幼い子宮が、妄想の快楽に収縮する。新たな愛液が、わずかに湧き出ていた。

 床のひんやりした感触も、ユリの熱い体温と鼓動の熱を下げることはできていない。やりなれた行為であるとはいえ、毎回それは違った熱を、ユリにもたらした。
 羽織った大き目の胴着の左の襟元を、先ほどのように顔に近づける。意識しない動きで、右てのひらが左の乳房を覆った。
 それは、まだ小ぶりな膨らみだった。乳房も乳首も乳輪も、自分以外の誰も触ったことのない綺麗な頂き。だがそれは、兄の胴着を羽織ったことで、まるで上半身全体を兄リョウに包まれているような暖かな感触に、かすかなピンクに染まっている。
 その乳房を何度か揉んだあと、先ほどと同じように、兄の胴着の匂いを身体に取り込みながら、胴着の上から乳房を強く揉む。まるでリョウに乳房を乱暴に揉まれているようで、その背徳的な快楽に、ユリの背筋に得体の知れない衝撃が走る。
 ユリは、胴着の上から無理やり乳首をつまみながら、思い切り匂いを吸い込んだ。何度目だろう。

(いけない妹だ。こんな歳なのに、兄に触られて、こんなに乳首を硬くしているなんてな)

 リョウの声が耳元に聞こえる。聞こえるような気がする。無論、それは妄想の産物である。だが、それは確かな感触として、ユリの神経網を辱めていく。
 ユリの動きと呼吸が激しく、乱雑になる。着ている胴着の端を顔にこすりつけ、乱暴に乳房を弄ぶ。ほのかなピンク色に染まった全身のなかで、更に乳首と頬が赤みを増していく。
 耳元のリョウの幻の囁きも、過激さを増していく。

(そんなに気持ちいいのか、ユリ?)

「いいの、気持ちいいの……!」

(じゃあ、そのままイッちまえ、この淫乱)

 それが、トドメの言葉だった。

「ん! んんんん………ッ!」

 頭が下がり、乳首を揉む力が強くなる。全身が激しく痙攣した。ユリは胴着を口に押し付け、もれそうになる声を必死に抑えた。
 イッた。兄の激しい言葉に犯されて、ユリは絶頂を迎えた。
 男性を未だ知らぬユリではあるが、それでも性器に一度も触ることなく、大きな絶頂に到達した。
 妄想の産物とはいえ、ユリにとってリョウの言葉は、物質的な質量をともなって、受け止めるべきものだった。そしてこれは、その最も端的な例であろう。

 ぎゅっと自分の身体ごとリョウの胴着を抱きしめ、ユリは脳と子宮の奥から来る熱さに身をゆだねた。
 瞬間的に過ぎ去る男性の絶頂に比べて、女性の絶頂の快楽の持続時間は長い。確かな兄の実感に包まれて、ユリはたまらない快楽の余韻に身体を震わせた。  一度火のついた感情は、止めることなどできず、暴走する。ユリのような若さは、それを抑制するどころか、ますます促進してしまうのが常である。それが直線的な快楽に繋がるとあれば、なおさら。
 ユリは絶頂の快楽の引かぬ身体を脱衣所の床に横たえると、指をそっと性器に滑らせた。そこは、自身の乳房以上に、穢れ知らぬ場所であるはずだった。

 ユリの脳内妄想と指の動きは連動し、どんどん早くなる。耳元で囁くリョウの呟きは過激になり、ますますユリの精神世界を陵辱した。
 まだ茂りきっていない恥毛をかきわけ、きれいなピンク色のクレパスをなぞり、さして大きくも無いクリトリスを弄りながら、ユリは後戻りのできない性欲の火山口を、誰にも知られること無く、だが一直線に滑落していく。

(一度イッたばかりだっていうのに、まだヤリ足りないのか?)

「うん、うん、足りないの」

(そうやって毎日毎日オナニーばかりして、俺は恥ずかしいぞ)

「んぐっ、嫌わないで、私を嫌わないで……」

(そんなに恥ずかしいことができるほど、俺のことが好きなのか?)

「うん、大好き! お兄ちゃんのことが好き、愛いてる、愛してます」

 熱にうなされるように妄想と会話しながら、ユリの興奮は再び頂点へと向かっていく。
 自分の指しか知らない未熟で幼い性器は、だがとめどなく愛液を流し続ける。その身体の反応は、快楽を知り尽くし、いつでも男を迎え入れることができる青年女性のそれと変わらない。
 ラビアをつまみ、クリトリスをしごき、あえぎと激しい呼吸を肺から吐き出しながら、まぶたと子宮が自然にキュッと閉まる。クライマックスに向けて、ますます指の速度が上がった。
 幻のリョウは、容赦なくトドメの一言を放つ。

(それなら、好きな俺の前で淫乱らしくイってみせろ。そら、激しく、盛大にイってみせろ!)

「あは、あ、イク、イクぅ……」

 絶頂の熱が子宮と脳を焼き、身体が震える。ビクビクと震えながら腰がグッと浮き上がり、性器から微量の愛液がピュッと飛び散った。飛びきれなかった愛液が、尻の曲線を伝って床へと落ちた。
 五秒ほど空中に浮いたまま震えていた腰を、力なくその場に落とした。ユリは性器に両手の指を当てたまま、震える身体を抱きしめるように脇と肩をしめ、途轍もない開放感に身を委ねていた。自らの全ての願望を解き放つ絶頂の余韻に浸りつくし、歓喜の渦に呑まれ、身体を真紅に染めて。

 だが、兄を求める彼女の快楽は、彼女自身を許さなかった。再び幻のリョウが囁きかける。

(ほら、そんなに俺のことが好きでいてくれるんだ。一回だけじゃ足りないだろう? 俺を想ってくれるぶんだけ、イってみせるんだ)

「はい……」

 その素直に返しながら、ユリの指が再び動く。こうして、毎朝だけで3〜4回の絶頂を繰り返すのが、ユリの「日課」だったのである。

 ユリの中で、彼女に語りかけてくるリョウは、ほぼ例外なく高圧的だった。普段のリョウにはありえない言動を、それはユリに向けた。
 無論、それは真物ほんもののリョウとは関係は無い。妹に対してリョウがそんな口のききかたをするはずがないことを、ユリ自身がよく知っている。これは、抑圧されているユリのリョウへの想いが、自身のなかで圧縮された結果だった。
 外に出すわけにはいかない。だけど本当は兄から愛されたい。そういう相反する想いが、【自分を辱める兄】という形で、にじみ出ている。

 つまるところ、ユリは【リョウに自分を強く求めて欲しい】のだ。リョウに大切に愛されたいと望む一方で、リョウの荒ぶる一面をぶつけて欲しいという想いがある。
 前者は願望であり、後者は欲望である。ユリはそれを、表も裏も含めたリョウの全てを、自分は受け止めることができると、自分では思っている。
 いや、「思っている」のではない。「そうならねばならない」のである。
 無論、それはユリ自身が生まれ持った性癖とも、少なからず関係があるだろう。これこそ、誰にも言えることではなかった。ユリが自分で解決しなければならぬことだった。

 一時間ほどかけてようやく洗濯を済ませると、ユリは学校へ行く準備を始める。
 彼女の仕事は二つ。兄の身の回りの世話をすること、そして、兄の期待に応えるために勉強することだった。
 幾分ほてりを残したままの身体で服装を整え、ユリは今日のスケジュールを確認した。