その日、リョウは午前中に私用があり、外出していた。ユリと香澄も用があるとかで、連れ立って出ていたみたいだった。
 そして昼過ぎ、リョウが買い物袋を抱えて帰ってきたとき、ユリと香澄はリビングのテレビに二人してかじりついていた。それも相当に真剣に見ているようで、ユリはソファで目を輝かせ、香澄はクッションを抱きしめたまま微動だにしない。

 リョウからは香澄の影に隠れて画面は見えないが、聞こえてくる音声から内容は嫌でもわかってしまった。

 テレビからは、女性の喘ぎが大きな声で聞こえてきていた。


Act.2-3 Change of Standard [1]
KEEF


「何見てるんだ、お前たち」

 背後から話しかけられて、初めてリョウの存在に気づいた二人は、「わああああ」と各々悲鳴を上げ、飛び上がらんばかりに仰天して、ひとしきりその場でのたうちまわった後、ユリが慌ててテレビの電源を切った。もっとも、ビデオはまわりっぱなしだったが。

「おおおお、お帰り、お兄ちゃん!」

「お、お帰りなさいませ!」

 声も顔も引きつってしまった二人。加えて、顔は真っ赤になってしまっている。リョウは上着を脱ぎながら苦笑した。

 午前中、二人連れ立ってどこに行っていたのかと思えば、どうやらアダルトビデオを借りていたらしい。二人とも未成年なのに、よく借りてこれたな、と変に感心もしてしまう。

「まぁ、個人の趣向は様々あるだろうけど、こういうものは、もうちょっと声は小さくしたほうがいいぞ」

 リョウに笑いながら言われて、二人そろって顔を赤らめたまま頭をかいてしまった。リョウにしても、こんなに恥ずかしがっているユリを見るのは久しぶりなので、ちょっとだけ新鮮だったが。

「で、二人そろって、どんなのを見てたんだ?」

 リョウはシャツにジーンズという身軽な格好になると、ユリの隣に腰掛けた。

 リョウは別に、アダルトビデオを女の子が見ることに、不快感も疑問もない。
 彼は自身の言葉どおり、「個人の趣味は自由」と思っているから、誰がなにをしても、それが彼に対して強制されない限り、差出口をすることはなかった。
 このあたりは、未成年者の性の問題には人一倍口うるさいアメリカ人社会にはない、あきらかに日本人的な思考だろう。

「あ、え〜、いやそのごにょごにょ……」

 聞かれた香澄は、X-MENのジャガーノートがプリントされたクッション(最近の香澄のお気に入りだ)を抱きしめて燕座りをしたまま、指をぐるぐると交差させた。だんだんと声が小さくなっていってしまう。

 ビデオはまわりっぱなしになっていたので、リョウがコントローラーでテレビの電源を入れようとすると、香澄が「あっ!」と大きな声を上げた。リョウの視線を受けると、ぶんぶんと首を横に振った。

 不思議に思いながら、テレビの電源を入れると、いきなり「OH!」という女性大きな喘ぎ声が聞こえた。画面では、全裸に鎖のついた首輪をされた巨乳・ブロンドの女性が、屋外の草原で四つ這いになり、片足を上げさせられてやはり犬のように放尿をしているシーンが映っていた。

 アダルトビデオなどあまり見ないリョウにしてみれば、かなり衝撃的な映像である。こういうのがある、というのは知っていたが、目にするのは初めてだった。また、ユリと香澄がこういうこのに興味を持っている、という事実も、ちょっとした衝撃だった。

 しばらく見入ってしまった後、リョウは咳払いを一つしてテレビのスイッチを切った。自分の背後で、やはり見入っていたユリと香澄は、ちょっとだけ残念そうな声を上げたが、振り向いたリョウと目が合うと、再び顔を真っ赤にしてしまった。

「しかしまぁ、なんとも強烈なジャンルに興味持っちゃったもんだな」

 リョウに再び苦笑して言われると、ユリは「ばれたものは仕方がない」とばかりに、顔を赤らめたまま笑ってソファに背中を投げ出した。香澄の方は、知られてはいけない人に、知られてはいけないことを知られてしまったというショックがあるのか、まだ少し放心状態だったが。

「そりゃあね。あたしたちも年頃の女の子だし、せっかくお兄ちゃんに色々と『仕込んで』もらったしね。新しいことを吸収する好奇心は、大切なのですよ」

 ユリは笑いながら、「ね、香澄?」と香澄に話をふった。ふられた香澄は慌ててユリのほうを見た。

「え? わ、私もですか?」

「もう。今更、お兄ちゃんの前で隠し事はしないの。このビデオ選んだの、香澄でしょう」

「そうなのか?」

 リョウは興味ありげにユリと香澄を順に見た。香澄はしどろもどろになりながら、「ひゃい…」と一言だけ答えた。

 最近になって自覚するようになったのだが、香澄には確かにマゾヒズムの気があるようなのだ。最初はリョウに力強く支配されることに快感を覚えていたのだが、そのうち時々興奮したリョウにかけられる、自分を性的に貶める言葉にも、例えようもない快感を感じるようになってしまったのである。

 もちろん、それなしでもリョウは自分を十分すぎるほど満足させてくれるし、そんなことをリョウに直接言えるはずもない。そもそも自分にとってもっとも大事なのは、性的なことも含めた日常でリョウに満足してもらうことなのだ。しかし、香澄の中に「もっとリョウに酷いことをされたい」という願望が生まれていたのも確かだったのである。

「やあ、さすがにあたしもびっくりしたけど、あたしも興味があったし、満場一致でこれに決定したわけです」

 ユリはクッションの中に恥ずかしそうに顔を埋めてしまった香澄の隣に座ると、その肩に腕をまわした。「満場一致っていっても二人じゃないか」というツッコミを、リョウは飲み込んだ。

 リョウは自分が持って帰った買い物袋から、缶のフルーツジュースを三本出すと、二本を香澄とユリに投げて渡した。ユリは「サンキュ」と言いつつプルトップを引っ張って開けると、ぐびっと口をつけた。

「で、興味があるのはわかったが、お前たち自身はこういうのやってみたいと思うのか?」

 リョウが自分も飲みながら尋ねると、ジュースを飲みかけていた香澄は俯きぎみのまま「ぶっ!」と思いっきりむせた。そして、ごほごほと咳き込んでしまった。ユリが「よしよし」と背中をさすってやる。リョウのストレートな質問が、香澄の願望と羞恥心を直撃してしまったのだ。

「もう、やだなお兄ちゃん。やりたいから見るんじゃん。ねぇ、香澄」

「へ!?」

 ユリに背中をさすられてやっと落ち着いた香澄だが、同意を求められると、また顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「ほら、前に言ってたことあったでしょ? お兄ちゃんに、もっと酷いことされたいってさ」

「ユユユユ、ユリさぁん!」

 香澄を慌てて両手をぶんぶんと振って誤魔化そうとしたが、目前のリョウはしっかりと聞いていた。驚いたふうではないが、まじまじと香澄を見ている。

 香澄は動揺して思わず頭を抱えてしまった。ただでさえ、リョウに抱いてもらっているときは、普段の自分からは信じられないくらい凄いことになるのに、これ以上荒淫なことを望むと、ただの淫乱な女だと思われるのではないか。香澄は、ただリョウに嫌われることだけが怖かったのだ。

 だが、当のリョウは表情を変えずに、腕を組んだ。そして、二人に問いかけた。

「ちょっと真面目に話をしよう。俺はお前たちが望むなら、それがどんなことであっても、かなえてやりたいと思う。だから、お前たちのニーズといったら大げさだが、願望は常に知っておきたい。正直に話してくれたら嬉しいんだが」

 リョウの話を聞いて、ユリがくすくすと笑った。リョウが訝しげに見るが、ユリは気にすることもない。

「あのね、お兄ちゃん。これはそんなに真面目で大げさな話じゃないの。
 言ったでしょ? あたしも香澄も、お兄ちゃんの『モノ』なんだから、お兄ちゃんはあたしたちを好きにすればいいのよ。抱きたいときに抱けばいいし、使いたいときに使えばいいの。お兄ちゃんに使われるのが、あたしたちの願望なんだから」

 香澄はユリの隣で、大きく頷いている。

「ただ、あたしも香澄も、ちょっとMっ気があるみたいだから、『もうちょっと苛めて欲しいな』とか思ってるけどね」

 けたけたと笑いながらユリは言った。香澄はまだ頷いていた。結局、なんだかんだ言って、よくユリは香澄の心境を代弁してくれた。

 リョウは、もう一度腕を組みなおして、考えている。やはり、『モノ』という言葉に、まだ迷っているようである。そんなリョウの様子を、二人は注意深く見守っていた。