Act.2-18 Luv Urinater [5]
KEEF


 三人を乗せた車は、高速を降り、郊外を更に抜けて山道へと入った。目まぐるしく変わる窓の外の風景を気にする余裕もなく、香澄は失神したユリの介抱に手をとられている。
 そのうち、リョウは山道の途中にある一軒のログハウスに立ち寄った。建物の前に車を停めたとき、待ち構えていたように、白髪の初老の紳士が家から出てきて、リョウを迎えた。リョウは、二人を置いて車から出る。


「ご無沙汰しています、ミスター・キングストン。今回は、急な依頼で申し訳ない」


 礼儀正しく恐縮する無敵の龍を前に、その紳士は、当の本人以上に恐縮した。


「いや、リョウ・サカザキ。他ならぬ君の頼みだ、快く受けさせてもらった」


 紳士は、端正な白色のヒゲを揺らして優しげな微笑をもらした。その紳士的な微笑の裏で、この老人がどのようなことで身を為しているのか、当然、リョウ・サカザキは知っている。
 紳士オーウェン・キングストンは、興味深くリョウと、彼の車を眺めた。


「君に頼まれたものは全て用意したよ。
 しかし、Mr.BIGを排除し、ギース・ハワード追い込んで、このサウスタウンでの裏の世界ではもはや知らぬ者のいない“無敵の龍”が、変わった趣味に目覚めたものだね。
 パートナーは、あの車の中の女の子かな」


 オーウェンが車に目を向けたのに気づき、リョウはさりげなくその視線を遮った。


「ミスター、余計な詮索をしあわないことが、この世界で長生きする秘訣のはずだ。そう語ったのは、貴方自身だったはずだが?」


 リョウの、意地悪半分、本気の抗議半分の目に気圧されて、オーウェンはたじろいだ。


「ふむ、その通りだ。好奇心で動いていては、ミシシッピーの河も三日で血に染まる、と言うしな」


 変わった例えを、老人は使った。


「まあ、そう怖い顔をするな、私もプロだ。君が生まれるよりはるかに前から、この世界にいる。信頼を裏切るような真似はしないよ」


「余計な感情は差し挟むな。これも、貴方の言葉だな、ミスター。
 貴方と話して得るものは多いが、今日は世間話をしに来たのではない。お互いのために、ビジネスに徹しましょう。
 口止め料が不足ならば、ある程度は上乗せしますが?」


 リョウの声に、オーウェンは再び微笑んだ。無敵の龍はこの若さにして、既に裏のアンダーグラウンドな世界での生き方を身に着けている。その事実に、頼もしさを覚えたのだ。


「OK、依頼料はあれで充分だ。不足は1ドルもない。これから三日間、ここではなにも起こらないし、何かが起こったという事実も残らない」


 言って、オーウェルは三つの鍵をリョウに渡した。


「こっちが山を囲むフェンスの鍵、これがフェンスの防犯装置の鍵、そしてこっちがロッジの鍵だ。
 防犯装置のスイッチをきらずにフェンスを触ると、いくら君でも命の保障はしないよ。そこまで責任はもてないからね、気をつけてくれ。
 それと、絶対に鍵は無くさないように。二度とこの山から出られなくなるぞ」


「わかった、世話になります」


 鍵をポケットに突っ込み、握手を交わすと、リョウは車に戻った。


「ご主人様、今の人は?」


 香澄が興味深そうに、彼らの車に向かって手を振るオーウェンを見ながら、香澄は尋ねた。


「この山の管理人さ。今は、ただの趣味道楽の好々爺だけどな。それ以上のことは、知らないほうがいい」


 五分ばかり車を進めると、高さ三メートルほどのフェンスが姿を現した。それはまるで動物園を囲む壁のように、左右どこまでも続いているように香澄には見える。
 素人の香澄にでも解るくらい、そのフェンスの剣呑さは常軌を逸していた。当然の如く、フェンスの最上段は外側に傾斜し、フェンス全体にスパイクの鋭い針が剥き出しになった鉄条網が張り巡らされている。どうやら、カメラも幾つも設置されているようだ。


「ここは……まるで、刑務所みたいですね……」


「それに近い。ここは、サウスタウンでもっとも情報的に封鎖された山だ。ここなら何をしようと、外部に漏れることは、まずない」


 あの老人、オーウェン・キングストンが裏切らない限り。

 リョウはフェンスに近づき、まず防犯装置のスイッチを切り、そして入り口の鍵を開ける。車を敷地内に入れた後、入り口を閉じ、再び防犯装置のスイッチを入れた。
 これで、再びリョウが鍵を開けるまで、この山には誰も入ることは出来ない。

 香澄は、ごくりと咽喉を鳴らした。青空の下にありながら、本当の意味で誰にも知られることのない閉ざされた世界。恐らく、レンタル料も莫大な価格だろう。
 リョウが本気であることは疑いようもないが、ここまで金をかけて用意するとは……。

 そうこうしている間にも、車は舗装されていない文字通りの山道を抜ける。そうして目の前に現れたのは、平屋の本格的なログハウスだった。
 手付かずの自然の中に佇むその様は、新鮮な爽涼さを香澄に与えてくれる。
 駐車場に車を停め、リョウは大きく深呼吸をして、その綺麗な空気を肺にためこんだ。普段は空手道場で仕事をしているとはいえ、場所はビルの林のど真ん中である。たまにこうして自然と触れると、やはり清新な気分になるものであった。
 無論、今回の目的は、清新という言葉とは対極にあるものだが……。


「ユリさん、着きましたよ。起きてください」


 香澄に軽く揺すられて、ユリも気だるそうに目を覚ました。力なく上半身をシートから上げると、窓から周囲の森林を目にする。


「あれ、ここは?」


「今回の目的地みたいです。とりあえずサウスタウンみたいですが……」


「そっか、サウスタウンにも、まだこんな自然が残ってたんだね」


 よれよれと立ち上がりながら、ユリも香澄も車外に出て、大きく背伸びをした。ショッピングモールという場所で既に派手にイカされたこともあり、なにが起きても大抵のことにはもう驚くことはない。
 ユリはリョウの行動に全幅の信頼を寄せていたから、彼の行動に疑問を持つ事はなかったし、彼が選んだこの場所での「もしも」を憂うこともない。
 だから、車外に出てから、熱くなった下半身に空気を通すように、はたはたとスカートをはためくようなことも出来た。もちろん、ロープに拘束された秘所が、ちらちらと覗き見える。


「ユリ、はしたない真似はよせ」


 リョウがユリの頭の上に手を乗せて注意するが、ユリはその腕に身体を絡ませるように抱きついて、そっと兄の頬にキスをした。


「これからここで、あたし達にもっと恥ずかしいことをさせようって人が、なに言ってるの」


「む」


「期待してるからね♪」


 言って、ユリはちょっとだけ背伸びをしてリョウの唇に自分の唇を重ねると、さっと彼の身体から身軽に離れ、車のほうに寄った。


「ほら、荷物を運び込むんでしょ。はやく終わらせちゃおうよ」


 先ほどまで力なく失神していた少女とも思えぬ笑顔と元気さで、ユリは澄んだ自然の空気に、その淫らな身体を舞わせた。
 リョウも香澄も、期待されるほう、一緒に期待するほうとして、ユリの後についていった。