Act.2-20 Luv Urinater [7]
KEEF


 リョウは屋内に戻ると、二人を連れて地下室へと足を踏み入れる。
 ユリは恍惚とした表情のままで放尿を終えると、上半身を地面に突っ伏し、尻をリョウに向けて上げて、そのままの姿勢での陵辱を態度で求めたが、リョウはそれを無視して、二人の首輪から伸びるリードを引っ張って、ロッジの中に戻ってしまったのだ。
 ユリは恍惚さと不満と残念とに表情を三等分させたが、兄の行動には素直に従った。

 三人が足を踏み入れた地下室は、狭い階段と直結していた。窓は無く、電気をつけないと完全に視界はゼロだった。
 リョウが暗闇の中で壁を伝い、スイッチを探し当てて電気を点ける。光を得て三人の目前に現れたその部屋は、複数の間取りを持つ一階部分とほぼ同じ広さを持つのではないかと思えるくらいの広大な面積を有していた。
 だが、それ以上に三人を驚かせたものがある。部屋の片隅に、丁寧に梱包されて纏めて置いてある、数々の道具の山だった。梱包され纏められたままだと、何がなんだかわからなかったが、リョウがその一つを乱暴にこじ開けて中身を露出させただけで、ユリにも香澄にも、その全ての用途がわかってしまった。
 リョウが梱包をこじ開けた荷物の中身は、禍々しい三角形の突起を持つ四足の木製の置物だった。これが「三角木馬」と呼ばれる、SM調教用の物質であることは、ユリも香澄も知識としては知っていたが、当然、実際に目にするのは初めてだった。
 高さが2メートルに達しそうなその想像以上の巨大さは、この直後にも彼女らの飼い主が齎すであろう激しい調教と、それが自分達に齎す効果を容易に想像させた。ただ、その反応はユリと香澄でやや異なった。ユリは、ラバーで覆ってあるとはいえ、いかにも痛そうなその三角形の頂点に身震いし、先ほどまでの恍惚感を吹き飛ばして背筋に冷や汗を流したが、香澄は違った。ユリと同じように、その木馬の頂点に身震いしたのは確かだが、それははっきりと香澄の身体を熱くさせていた。


「それにしても」


 幾つかの梱包を明けてみて、リョウは苦笑した。


「確かに、道具を一式そろえてくれと依頼をしたのは俺だが、キングストンの爺さんも随分と念を入れて準備したもんだな。一日や二日で使いきれる量じゃないぞ、それは」


 言いながら、リョウは香澄に視線を移す。


「ま、これも料金のうちだから、もって帰れるものはもって帰っちまえばいいだけのことだが」


 香澄は、リョウに自分の内心を見透かされているようで、鼓動が飛び跳ねるのを感じた。大量の道具がここにあり、それをもって帰るかもしれないという。それはつまり、この旅行が終わった後もずっと、これまでにはなかった方法で辱められ、調教され続けるということだった。
 ほぼ確定であろうその未来を考えれば、香澄の小さな胸もときめかざるを得ない。経験から言えば、リョウにヒップを手でスパンキングされて絶頂を迎えたことが一度あるだけだが、ここにある、姿も見えぬ凶悪な道具の数々を想像しただけで呼吸が快楽に荒くなることを考えれば、香澄は自分の性癖というものをいやでも理解するのだった。

 リョウのほうでもそれを充分に理解しているらしい。二つ目の梱包を開け、恐らくスパンキング用であると思われる、全長40cmほどの革製パドルを縦に試振りして見せた後、再び香澄に視線を移す。


「これは、ユリじゃなくお前の領分だな、香澄?」


 その瞳に射抜かれ、鼓動を大きく一跳ねさせた後、香澄はゆっくりと無言で頷いた。



「こっちへ来るんだ」


 リョウに促されて、香澄は呼吸を熱くしながら、自分の飼い主のところへその白皙の身体を寄せる。
 リョウは香澄の首輪からリードをはずし、彼女の身体を抱き寄せると、右手でその小さな胸を優しくも揉みしだきながら、左手で顔を自分の方に向け、ゆっくりと唇を重ねる。香澄の白い肌がゆっくりと赤みを帯びていく。
 香澄のバストは、リョウによる調教をされ始めてから徐々に大きくなってはいるものの、まだ小ぶりなサイズに含まれる。だが、リョウはその点については一言も言及したことは無く、どんな時でも、香澄の身体をユリと同じように愛でた。
 SMのプレイには、言葉責めの一種で、相手の欠点をわざと指摘して精神的に貶めるプレイがあるのも事実ではあるが、リョウはその手のプレイには興味が無いようであった。彼は、軽々しく「愛している」と口にすることはなかったが、冗談でも他人を悪く言うこともなかったのである。

 リョウは唇を重ねたまま、香澄の身体を自分の身体に寄り添わせると、その両の乳首を指で挟んだ。そして、そのまま力任せに抓ってみせた。


「〜〜〜〜〜〜!」


 香澄は声にならない声を口内に乱反射させる。背筋にぞくぞくと刺激が走り、乳首からくる痛みは、神経網の途中で正確に快感に変換され、脳に伝達された。リョウが指に力を込めるたびに香澄の身体が小さく震え、秘所はどっと愛液を噴出した。
 香澄の身体は、与えられる痛みを、快楽に変える方法を既に知っていた。それが、たった一度の軽いスパンキングで開花したものとは考えにくい。恐らく、何年も前からそれは、開きかけた蕾のままで、香澄の中に眠っていたのだ。それが今、リョウの手によって開花しようとしているだけの話なのだ。
 それを思えば、どうしても試合で痛みや傷を伴う格闘家という人生の選択は、香澄にとってはまさに天意だったのかもしれないとすら、リョウには思えてくる。今この場においては、関係のない話題ではあるけれども。

 香澄の身体が小刻みに痙攣を始めて、リョウは香澄から離れた。彼女は、力なくその場に腰を落としてしまうが、身体をリョウのほうに向ける甲斐甲斐しさは失っていなかった。


「香澄、伏せてみろ。そして尻を向けるんだ」

「はい……」


 六割の恍惚に四割の理性を溶かし込んだ声で返事をすると、香澄はリョウの命令に忠実に従った。
 彼は再び革製パドルを手に取ると、勢い良く素振りしなおして、香澄の尻に向き合う。


「正直に言って、俺も初めてだからな。問題があったらすぐに言うんだぞ」

「はい」


 応えはしたが、香澄はリョウが最初から無茶をするとは欠片にも思っていない。極限の快楽と羞恥を自分に与えつつ、常識と優しさを持った飼い主ではあった。
 香澄は万感の信頼を込めて、上半身を伏せ、ぐっと尻を上げる。それは先ほど、ユリが屋外で陵辱を求めた時と同じ格好だったが、それは誰が意図したものではなかった。
 同じ主に仕える奴隷、同じ格好で求めた奴隷として、自分には辱めを与えられずに香澄には与えられようとしていることに、ユリは不満を覚えないではなかったが、ここでそれを言い出しても仕方ないことは理解しているので、唇に不満を露にし、綺麗な自分の長い三つ編みを弄りながらも、二人の様子をじっと見つめている。

 リョウは深呼吸を一つする。香澄は全力で尻を打たれることを予想して歯を食いしばったが、その期待と覚悟は、見事に空回りした。香澄の尻への第一撃は、彼女の予想を裏切って、まるで力の入っていない軽い打撃だったのだ。パチン、という軽い音が響く。
 その後も暫く、まるで力のない数撃が続いた。痛くはないので確かに「問題」は起こりそうもないが、その代わり自身が求めた、厳しい調教にもなりそうにない。
 香澄は犬のポーズのまま、不思議そうに自分の飼い主を振り返る。リョウは無表情のまま、淡々と香澄の尻を打ち続けたが、少しだけ変化が生じた。段々と、振り下ろされるパドルに力が篭り始めたのだ。リョウとしても、慎重に慎重を期しているのである。
 相手を打ち据える調教で「身体を傷つけないように」気を使うというのは、大きな矛盾を孕んでいるようにも思えるが、それでも香澄を壊してしまう気は、リョウには欠片もなかったし、そんな行為に意味があるとは思えなかった。共に昇華出来ない行為など、愛とは言わない。例えそれが、常軌を逸脱した形であっても。

 段々と尻に与えられるパドルの音が大きくなり、徐々に痛みを感じてくると、香澄の反応も変わってきた。打ち付けられるヒップの痛みと、耳に入ってくる自分を叩き続けられる音が、螺旋状にもつれ合いながら香澄の神経を走りすぎ、快感に変わりながら脳に到達する。
 叩きつけられるヒップに熱さを感じてくるにつれて、香澄の身体全体と呼吸の温度も上がってきた。犬同然の屈辱的な格好で床にひれ伏せられ、痛みを与えられて快感を感じ始めているという事実が、香澄のマゾヒズムを直撃して、リョウによるスパンキングが始まって10分も経った頃には、既に香澄の吐息は興奮で荒くなり、身体は紅葉色に染まっていた。

 リョウは一旦腕を止め、膝を落とした。そして、香澄の秘所に指をあて、蟻の門渡りからクリトリスへむけて強めに指でなぞる。


「ひん!」


 香澄が過敏に感応して、びくんと身体を震わせる。リョウの指には、べっとりと液体が纏わりつき、香澄は呼吸を荒げて身体を床に沈めた。それは絶頂寸前といった風であり、その反応は明らかにリョウの想像を超えていた。
 本物だ、と、リョウは思った。香澄この娘は、本物のマゾだ。
 意図してサドであろうと努力する自分とは違う。正真正銘、純粋なマゾヒストだった。
 奇妙な敗北感が頭をよぎって、リョウは場に合わない苦笑を浮かべた。ユリは望んで彼の性奴隷となり、香澄はそんなユリに引きずられた面があるにせよ、マゾヒストとしての素質は、ユリを遥かに越えている。
 そんな彼女らを愛するのに、リョウ自身はどうするべきか。無理をしても、壮絶なサディストとして、二人の上に君臨するべきか?
 いや、とリョウは首を振った。無理をする必要は無い。ただでさえ格闘家として、衆に外れた体力・腕力を誇る彼だ。進んでサディストたろうとすれば、いつか必ず二人を壊してしまう。自分が器用に手加減が出来る人間ではないことは、誰よりも彼自身が良く知っているのだ。
 二人がマゾヒストとして素直に欲望を彼にぶつけるのは、リョウ・サカザキという個人である。ならば彼も、リョウ・サカザキ個人として受け止めればよい。

 迂遠なことだった。それは、二人を奴隷にすると決めた時点で決心したことではないか。そして今朝も、そのつもりで二人を辱めたはずなのに、まだ迷いがあったというのだろうか。
 リョウは立ち上がって、香澄から一歩離れる。香澄が、とどめの一撃を焦らされて、荒淫な光に満ちた視線をリョウに送った。
 少なくともこの場に置いては、彼の行動はすべて、迷いの一瞬さえ、調教に直結しているのだった。

 リョウはパドルを構えなおし、それを大きく振り上げる。香澄は意識しない動作で、自然に尻を彼に向かって高く突き出す。考えるまでもない、それはリョウが自分を打ちやすいようにするための動作だった。
 一瞬の間をおいて、リョウは香澄の望みどおり、革製のパドルを勢い良くその尻に振り下ろした。ばちん、と勢いと張りの良い音が、地下室に響く。


「きゃううっ!」


 香澄が床に突っ伏したまま身体全体をびくびくと痙攣させる。足がぴんと伸び、絶頂と共に秘所から撒き散らされた愛液が、床に飛び散った。
 20秒ほど背筋を伸ばして痙攣した後、香澄は床にはいつくばって、なをも心地よい被虐の絶頂後の余韻に酔いながら、身体を震わせた。
 それは、リョウの迷いをも振り切る一撃だった。