Act.2-23 Glass heart [2]
KEEF
ユリが目を覚ましたのは、ちょうど昼を過ぎた頃だった。
少し足をふらつかせてはいたものの、ユリの意識ははっきりしている。やや呆けたようにリョウを見つめ続けているのは、精神がまだ激しい絶頂の余韻を残したせいかもしれない。もっとも、それは香澄も同じであったが。
いつどこで絶頂を与えてもらえるかわからぬ。意識のチャンネルを性奴隷から切り替えるわけにはいかなかった。どこであろうと、主人の命令に従ってその秘所を使えるようにしておくことが、彼女たちの役目だからである。
「昼食は外でしようか」
というリョウの一言で、屋外の澄んだ池の側に、大きなビニールシートが敷かれた。その上に、スーパーマーケットで大量に仕入れられたサンドイッチやらハンバーガーやらのジャンクフードとジュースが、ところせましと並べられる。
ユリや香澄に手料理を作ってもらっても良かったのだが、リョウは足元もおぼつかない二人に、できるだけ無理をさせたくはなかった。優しさの表れ、といえば確かにそうではあるが、ユリと香澄をふらふらにしたのが当のリョウ本人であることを思えば、当然の心配りであるともいえる。
「ふー……、いい風だぁ……」
ユリが六月の心地よい風を全身に受けながら、ブルーシートに勢い良く寝転んだ。
当然、ユリも香澄も全裸のままで、首輪も、それから伸びるリードも着けられたままである。しかも今は、二人がリョウの傍から勝手に離れないように、そのリードがそれぞれ近くの樹にくくりつけられている有様である。
この徹底したメス犬扱いは、普通ならば、いまだ十代の二人にとっては厳しい精神の負担になるであろうが、今のユリと香澄にとっては、自分の立場を再認識させる、妙に納得のいくものだった。
性の奴隷、完全支配、道具扱い。もともとの自分たちの願望が壊れているのだから、それに対して常識ではかれるような結果が返ってこないのは当たり前で、逆にそれをこそ望んでいる自分たちの非常識を、誰よりも彼女たち自身が一番理解している。
非常識であり、歪んだ形でありながらも、一本筋の通った愛を、ユリたちは望んでいる。無論、飼い主に愛を要求する以上、それに同等する以上のもので報わなければならないのも当然だが……。
どちらにしろ、生まれたままの姿で風に当たる開放感と、最も愛する人の支配下でいられる満足感は、ユリにとっても香澄にとっても、えもいわれぬ快感であった。
まるで真夏に最も涼しい場所を見つけて、そこに居座るネコのような満足げな表情で、ユリは大の字になって寝転んでいる。リョウも香澄も、やや苦笑しながらそれを見ていた。
二人とも既に、サンドイッチを食べ始めている。
「ほらユリ、寝ているのはいいが、俺たちが先に全部食べちゃうぞ」
「うわあ、フライング反対!」
先ほどまでのメス犬の満足感はどこへやら、ユリは大慌てで起き上がった。
「でさ、あの新しくできたファミレスは、確かに早いけどあんまり美味しくないんだよねー」
「ふーん、結構人気あるみたいだけどな」
「あれなら、キングさんのところで倍額出したほうが、満足できるよ。ところで、松●聖子って、しばらく見ないあいだに、随分おでこが広くなったよね」
「……また、えらく話が飛ぶな、おい」
ユリの話は、とにかくあちこちに脱線するのが特徴である。そしてそれに根気良くツッコミを入れながら会話を継続させるのは、リョウの特技の一つだった。香澄などは、ユリが乗ってくると、頷くことしかできなくなってしまう。
会話に花を咲かせながらも、大量に出されていたはずのジャンクフードは瞬く間に消えていった。
朝からの度重なる絶頂は、ユリと香澄の体力を本人が意識する以上に奪っている。もともと育ち盛りの二人はそれを補うかのように、その小柄な身体のどこにそれだけ入るのか、というほどの食欲を発揮していた。
なによりも、普段は台所を仕切っているユリにしてみれば、「自分で作らなくていい」という開放感もあったであろう。楽して満腹になるのなら、それが最高である。
もっとも、それもジャンクフードゆえの安心感である。もしもこれが高級料理だとしたら、「自分が作ったら、この金額で何人分のおかずが作れるだろう」などと、特に苦労性のユリなどは思ってしまうところであろうけれど。
そして、予想以上の速さでその食料と飲み物がなくなると、それまでのハイスピードな動きが嘘のように、まったりとした空気があたりを包んだ。
「あ――――――………」
と、ユリは身体から力が抜けきったかのように、再び大の字になる。
雲ひとつ無い空の下で、ユリの長い髪と、やや短めの陰毛が風に揺れる。形のいい乳房の上にのった淡い色の乳首が、ツンと空を向いていた。
「こんな時間がずっと続けばいいのに、などと安直な台詞は、私は言わないのだった。まる」
などと、よく分からないことを呟いている。リョウがユリの脇に腰を下ろした。
「じゃあ、お前は何を望むんだ?」
ユリは即答した。
「今以上の幸せを。これからも、ずっと」
「そうか」
言うのは簡単である。
しかし、これまでの二人の壮絶な時間を考えれば、それは手に入れることすら不可能であると思えるゴールだった。だが今、リョウもユリも、それを手に入れることができるかもしれないスタート地点に、ようやく立つことができた。
人よりも、少なくとも10年遅れている。ならば、人の10倍の速度で人生を歩まなければ、普通の幸せに追いつくことはできないのではないか。無論、問題は長さではなく、密度である。リョウもユリも、いくらでもその幸福の密度を高めることはできるだろう。
そこから、二人は黙ってしまった。黙って目を閉じ、しばらく空のほうに顔を向けていた。
「………………………………」
ひとり、二人の世界から取り残されてしまった香澄は、わずかに泣きそうな顔で、ぎゅっと両手を握りしめる。
いつも三人で。言葉の上でなら、いくらでも言うことができる。
だが、ひょっとしたら、この二人の空間の中に自分が存在する隙間は、もう無いのではないか。リョウがユリを抱いたという四年前から、すでに二人の世界は完成してしまっているのでないか。
香澄は、90%の不安と10%の不満とに心を塗りつぶして、表情を曇らせた。
リョウの性奴隷として、心も身体も開発されていく自分は、もうリョウを離れての人生など考えられない。
もしも。もしもリョウが、ユリだけを必要として、自分のことを必要ではないと言い出したら……。
それは、香澄の心の底に常にたゆたっている不安だった。ユリと自分、それぞれがリョウとともに過ごした時間の差、17年。それは、香澄が独力で埋めるには、巨大すぎる“時間の溝”だった。
―――――遠い。
今、リョウと香澄との間には、50cmほどしか距離は無い。だが、それは遠い「50cm」だった。
リョウへの愛情と忠誠、ユリへの敬意と友情。それは、香澄にとって最も貴重な感情だったはずである。
だがその貴重さが、実にもろい脚の上に安定しているのだと、香澄はひとり、思い知っていた……。
少し足をふらつかせてはいたものの、ユリの意識ははっきりしている。やや呆けたようにリョウを見つめ続けているのは、精神がまだ激しい絶頂の余韻を残したせいかもしれない。もっとも、それは香澄も同じであったが。
いつどこで絶頂を与えてもらえるかわからぬ。意識のチャンネルを性奴隷から切り替えるわけにはいかなかった。どこであろうと、主人の命令に従ってその秘所を使えるようにしておくことが、彼女たちの役目だからである。
「昼食は外でしようか」
というリョウの一言で、屋外の澄んだ池の側に、大きなビニールシートが敷かれた。その上に、スーパーマーケットで大量に仕入れられたサンドイッチやらハンバーガーやらのジャンクフードとジュースが、ところせましと並べられる。
ユリや香澄に手料理を作ってもらっても良かったのだが、リョウは足元もおぼつかない二人に、できるだけ無理をさせたくはなかった。優しさの表れ、といえば確かにそうではあるが、ユリと香澄をふらふらにしたのが当のリョウ本人であることを思えば、当然の心配りであるともいえる。
「ふー……、いい風だぁ……」
ユリが六月の心地よい風を全身に受けながら、ブルーシートに勢い良く寝転んだ。
当然、ユリも香澄も全裸のままで、首輪も、それから伸びるリードも着けられたままである。しかも今は、二人がリョウの傍から勝手に離れないように、そのリードがそれぞれ近くの樹にくくりつけられている有様である。
この徹底したメス犬扱いは、普通ならば、いまだ十代の二人にとっては厳しい精神の負担になるであろうが、今のユリと香澄にとっては、自分の立場を再認識させる、妙に納得のいくものだった。
性の奴隷、完全支配、道具扱い。もともとの自分たちの願望が壊れているのだから、それに対して常識ではかれるような結果が返ってこないのは当たり前で、逆にそれをこそ望んでいる自分たちの非常識を、誰よりも彼女たち自身が一番理解している。
非常識であり、歪んだ形でありながらも、一本筋の通った愛を、ユリたちは望んでいる。無論、飼い主に愛を要求する以上、それに同等する以上のもので報わなければならないのも当然だが……。
どちらにしろ、生まれたままの姿で風に当たる開放感と、最も愛する人の支配下でいられる満足感は、ユリにとっても香澄にとっても、えもいわれぬ快感であった。
まるで真夏に最も涼しい場所を見つけて、そこに居座るネコのような満足げな表情で、ユリは大の字になって寝転んでいる。リョウも香澄も、やや苦笑しながらそれを見ていた。
二人とも既に、サンドイッチを食べ始めている。
「ほらユリ、寝ているのはいいが、俺たちが先に全部食べちゃうぞ」
「うわあ、フライング反対!」
先ほどまでのメス犬の満足感はどこへやら、ユリは大慌てで起き上がった。
「でさ、あの新しくできたファミレスは、確かに早いけどあんまり美味しくないんだよねー」
「ふーん、結構人気あるみたいだけどな」
「あれなら、キングさんのところで倍額出したほうが、満足できるよ。ところで、松●聖子って、しばらく見ないあいだに、随分おでこが広くなったよね」
「……また、えらく話が飛ぶな、おい」
ユリの話は、とにかくあちこちに脱線するのが特徴である。そしてそれに根気良くツッコミを入れながら会話を継続させるのは、リョウの特技の一つだった。香澄などは、ユリが乗ってくると、頷くことしかできなくなってしまう。
会話に花を咲かせながらも、大量に出されていたはずのジャンクフードは瞬く間に消えていった。
朝からの度重なる絶頂は、ユリと香澄の体力を本人が意識する以上に奪っている。もともと育ち盛りの二人はそれを補うかのように、その小柄な身体のどこにそれだけ入るのか、というほどの食欲を発揮していた。
なによりも、普段は台所を仕切っているユリにしてみれば、「自分で作らなくていい」という開放感もあったであろう。楽して満腹になるのなら、それが最高である。
もっとも、それもジャンクフードゆえの安心感である。もしもこれが高級料理だとしたら、「自分が作ったら、この金額で何人分のおかずが作れるだろう」などと、特に苦労性のユリなどは思ってしまうところであろうけれど。
そして、予想以上の速さでその食料と飲み物がなくなると、それまでのハイスピードな動きが嘘のように、まったりとした空気があたりを包んだ。
「あ――――――………」
と、ユリは身体から力が抜けきったかのように、再び大の字になる。
雲ひとつ無い空の下で、ユリの長い髪と、やや短めの陰毛が風に揺れる。形のいい乳房の上にのった淡い色の乳首が、ツンと空を向いていた。
「こんな時間がずっと続けばいいのに、などと安直な台詞は、私は言わないのだった。まる」
などと、よく分からないことを呟いている。リョウがユリの脇に腰を下ろした。
「じゃあ、お前は何を望むんだ?」
ユリは即答した。
「今以上の幸せを。これからも、ずっと」
「そうか」
言うのは簡単である。
しかし、これまでの二人の壮絶な時間を考えれば、それは手に入れることすら不可能であると思えるゴールだった。だが今、リョウもユリも、それを手に入れることができるかもしれないスタート地点に、ようやく立つことができた。
人よりも、少なくとも10年遅れている。ならば、人の10倍の速度で人生を歩まなければ、普通の幸せに追いつくことはできないのではないか。無論、問題は長さではなく、密度である。リョウもユリも、いくらでもその幸福の密度を高めることはできるだろう。
そこから、二人は黙ってしまった。黙って目を閉じ、しばらく空のほうに顔を向けていた。
「………………………………」
ひとり、二人の世界から取り残されてしまった香澄は、わずかに泣きそうな顔で、ぎゅっと両手を握りしめる。
いつも三人で。言葉の上でなら、いくらでも言うことができる。
だが、ひょっとしたら、この二人の空間の中に自分が存在する隙間は、もう無いのではないか。リョウがユリを抱いたという四年前から、すでに二人の世界は完成してしまっているのでないか。
香澄は、90%の不安と10%の不満とに心を塗りつぶして、表情を曇らせた。
リョウの性奴隷として、心も身体も開発されていく自分は、もうリョウを離れての人生など考えられない。
もしも。もしもリョウが、ユリだけを必要として、自分のことを必要ではないと言い出したら……。
それは、香澄の心の底に常にたゆたっている不安だった。ユリと自分、それぞれがリョウとともに過ごした時間の差、17年。それは、香澄が独力で埋めるには、巨大すぎる“時間の溝”だった。
―――――遠い。
今、リョウと香澄との間には、50cmほどしか距離は無い。だが、それは遠い「50cm」だった。
リョウへの愛情と忠誠、ユリへの敬意と友情。それは、香澄にとって最も貴重な感情だったはずである。
だがその貴重さが、実にもろい脚の上に安定しているのだと、香澄はひとり、思い知っていた……。